はじめに
日本には約437万社の企業があり、このうち中小企業は約98.4%を占めていますが、これらの企業の多くは創業者や経営者が高齢化し、事業承継の問題を抱えています。実際、厚生労働省が2021年に発表した調査結果によれば、中小企業の約60%が承継問題を抱えていることが明らかになっています。しかし、中小企業の多くは事業承継に関する準備を十分に行っておらず、後継者の不在や事業承継に必要な資金不足などの問題が生じています。事業承継に失敗した企業の統計も厳しい現実を物語っており、中小企業庁によると、事業承継に失敗した企業の約半数が5年以内に廃業しているとのことです。これらの問題は、中小企業自体の存続にも影響を与える重要な課題となっています。そこで、中小企業にとって必要不可欠な事業承継計画について、本記事では詳しく解説します。
1.事業承継計画とは
(1)事業承継計画とは
事業承継計画とは、経営者の引退や予期せぬ事態に備えて、企業の存続や発展を確保するために策定される計画です。
具体的には、後継者の選定や育成、事業承継のスケジュールなどに加え、経営理念や将来の経営ビジョン、企業業績の推移や現在の財政状態、中期の数値計画を盛り込んだものを言います。
(2)事業承継計画の必要性
経営者の高齢化は、一般的に経営判断力を低下させます。また経営者が亡くなったり、突然の病気や障害、その他の予期せぬ事態が発生することもありえます。
このようなとき何も備えがないと、後継者の選定と育成、保有株式の移転と税金負担、事業承継に必要な資金の調達など、多くの課題に対応しきれず、事業継続性を確保することができなくなり、最悪の場合は廃業という可能性もあります。
このような事態を回避し円滑に事業を引き継ぎ、企業の存続や発展を確保するためには、事業承継計画を策定し、事業承継を計画的に進めることが不可欠なのです。
2.事業承継計画のメリット
では、事業承継計画を作成することの意義、メリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
(1)リスクの把握と対策の検討
後継者確保、株式分散、税負担、資金調達などの事業承継に関するリスクを事前に把握し、早めに準備することができます。
(2)経営課題の把握
事業承継計画の策定プロセスを通じて、自社の現状や経営課題を整理することができ、後継者に託す将来の方向性を検討することができます。
(3)後継者の選定と育成
経営理念やビジョン、事業計画を明確にすることで、社内外を問わず適正な後継者の選定を行うことができ、選定した後継者に対し計画的な育成を行うことができます。
(4)ステークホルダーのコンセンサス
事業承継計画を明確することで、従業員や顧客、取引先、金融機関などステークホルダーに安心感や信頼感を与えることができます。
(5)各種優遇措置の活用
事業承継に関連する各種優遇措置を活用することで、資産の相続や贈与に伴う税金、承継時の手続きの負担を軽減することができます。
以上のように事業承継計画を作成する意義は大きく、経営者の高齢化が進む多くの企業にとって事業継続性を確保するうえで非常に重要であることは間違いありません。
一般的に事業承継には5年から10年の期間を要しますので、現経営者60歳を過ぎた頃から事業承継計画の作成に着手するのが望ましいでしょう。
3.事業承継計画のポイント
事業承継計画の作成に着手するまえに、事前におさえるべき重要なポイントを整理します。
(1)経営者の状況
まずは、経営者自身の状況を整理する必要があります。年齢や健康状態はもとより、保有する自社株式や不動産などの資産、個人的な借入や会社の借入金の個人保証などの負債、そして何より経営者本人が望むリタイアメントプランです。
(2)相続・贈与対策
事業承継は社長を後継者に譲って終わりではありません。自身が保有する自社株式も含めて後継者に譲渡をしていくことを考えなければいけません。そのときに考慮しなければならないのが、相続との兼ね合いです。後継者が親族である場合は、他に相続人になりうる親族との公平感を考慮しなければならず、さらに相続税・贈与税の備えも検討が必要となります。
(3)事業承継の方法
事業承継には、経営者の子などへの親族内承継、親族でない役員や従業員あるいは外部招聘人材などへの親族外承継、M&Aによる第三者への承継などの方法があります。いずれの方法を選択するかは、承継者に求める条件や役割、スキルセットなどを明確にし、候補者となりうる人材がいるかどうかを検討したうえで、いずれかの承継方法を選択する必要があります。
(4)後継者の状況
もし後継者候補がいるのであれば、後継者の状況を確認する必要があります。経営者と同様に年齢や健康状態、家族の状況などの基本的な状況にくわえ、経営者としての適性や能力、経歴や意欲などについて確認し、後継者候補足りうるかを判断しなければなりません。
(5)会社の経営環境
事業承継にするにあたっては、当然ながら事業を承継したいと思われるような会社でなければなりません。そのためには会社の内部および外部の経営環境や今後の事業の見通しを整理し、経営課題がある場合はあらかじめ解消を進めていく必要があるでしょう。
(6)承継のタイミング
前項までの次項が整理されると、望ましいタイミングと実行可能なタイミングとのギャップ、準備に必要な期間と実際に残された期間とのギャップが明らかになってきます。これらのギャップをふまえながらも、実際に実行するタイミングを検討しなければなりません。
4.事業承継計画の作成方法
事前の整理が済みましたら、事業承継計画の作成に着手していきます。「事業」の「承継」ですので、基本的には事業計画と後継者育成が中心となりますが、自社株式など個人資産の移転や相続対策も盛り込む必要があります。作成手順と内容については以下のとおりです。
(1)事業承継計画の目的の明確化
事前の検討において、あらかじめ事業承継方法や後継者などの方向性は定まっていますので、まずは何をゴールとするかを明確にする必要があります。現経営者の退任時期、承継時の会社の体制や業績、後継者に譲渡する株式数など、いつまでにどの程度まで進めるか、事業承継計画の目的を設定しましょう。
(2)会社の現状分析と経営課題の検討
事前に整理がなされているべき項目ではありますが、事業承継計画を作成するにあたっては更に精緻に分析し、計画書に明記すると良いでしょう。
現在の市場環境と今後の趨勢、自社の経営資源と強みおよび弱み、将来起こりうるリスクと事業への影響度ならびに自社がとりうる施策など、後継者が認識すべき要素を網羅し可視化すると良いでしょう。可能であれば、後継者とともに検討するのが望ましいです。
(3)経営目標の設定と中期経営計画の立案
会社の現状と課題が把握できたら、これらを踏まえて中長期の目標設定と事業計画を立案します。基本的な作成方法は一般的な中期経営計画の策定と大きく変わりませんので、詳しくはこちらの記事もお読みください。通常の計画策定と異なるのは、ここに後継者への権限移譲のスケジュールを盛り込む必要があることです。中期経営計画の策定にあたってはアクションプランまで作成することを推奨していますので、各項目の実施責任者のうち現経営者が担う部分を、徐々に後継者に委譲するようなプランにすると良いでしょう。
(4)後継者育成方針の策定と育成計画の立案
企業の事業承継は二つの側面があります。経営権の委譲と所有権の委譲です。全社の経営権の委譲にあたっては、後継者を経営者として計画的に育成することが鍵になります。
具体的な方法としては、現経営者のタスクをリストにまとめて可視化したうえで、各項目の権限を計画的に後継者に委譲していくよう、年単位のスケジュールを組むことです。権限委譲にあたっては、本人に責任感の醸成や社内のコンセンサス形成のためにも、事業部長や専務取締役など公式な役職を付与することも検討が必要です。
さらに後継者に求めるスキルセットに適した外部セミナーや交流会などへの参加も計画に盛り込みましょう。
(5)株式の譲渡、相続・贈与の方針とタックスプランニングの検討
企業の事業承継のもう一つの側面は所有権の移譲、つまり自社株式の譲渡です。
自社株式の譲渡にあたっては、後継者による株式買取資金の準備が課題になります。後継者が親族であれば、さらに親族トラブルのない円滑な相続・贈与、贈与税・相続税の納税資金の確保と負担軽減、の二つの要素を考慮しなければなりません。
株式の譲渡は時価で行われなければなりませんが、株式の時価は毎期変動していきますので、毎期きちんと時価の評価を行うことが重要です。そのうえで、他の財産も含め誰に、いつ、何を渡すか、その際の納税負担も加味しながら計画を作成する必要があります。
この項目は税理士の専門分野となりますので、顧問税理士に相談しながら進めていきましょう。
(6)資金計画
事業承継は新しい後継者によって会社に新しい風を吹き込み、事業を変革する機会にもなりえますが、そのためには設備投資のための資金が必要になる場合もあるでしょう。また株式を後継者に譲渡や贈与をするためにも、後継者が株式を買い取るための資金や、贈与を受けた場合の納税資金も必要になる場合があります。
このように、事業承継をすすめるなかで資金の確保が必要となるタイミングがでてきます。どのタイミングでいくらぐらいの資金が必要かを把握し、計画的に資金を確保しなければ、事業承継計画がとん挫し、経営が立ちいかなくなるリスクもあります。
前項であげた中期経営計画を基にすれば、会社の資金繰り表を比較的容易に作成することができます。ただし、事業承継は会社だけでなく後継者個人の資金も関係してきますので、経営者と後継者の個人資産の資金も考慮し、計画に盛り込むことが必要です。
事業承継資金の確保は事業承継の大きな障壁となっておりますが、国や自治体では各種の補助金や助成金、税制優遇制度など各種支援制度を整備していますので、資金計画を立案する際にはこれらの制度の活用も視野に入れると良いでしょう。
さいごに
ここまで事業承継計画について、その重要性、効果やメリット、さらには作成の手順と計画の内容について解説してきました。中小企業において、事業承継は特に重要な課題となっています。しかし、計画を立てることで、経営者や後継者の不安を軽減し、事業の継続や発展を実現することができます。
事業承継は、経営の知識はもとより、財務や税務、相続問題、国や地方の各種施策の活用など、幅広い知識が必要となるため企業単独で立案・実行するのは困難ですので、税理士などの専門家に相談しながらすすめていきましょう。
是非、事業承継計画の作成に取り組んでいただき、安心で確実な事業承継を実現していただければ幸いです。